阿部光子さん死去、87歳 NHK連続テレビ小説「おしん」や「家政婦は見た!」に出演した女優、9月19日に急性心筋梗塞のため亡くなったと所属事務所が30日に発表

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女優の阿部光子さんが2026年9月19日、急性心筋梗塞のため亡くなった。87歳だった。所属する東京俳優生活協同組合(俳協)が9月30日に公式サイトで発表し、葬儀は近親者のみで済ませたという。1960年に劇団へ入ってから66年に及ぶ俳優生活で、「おしん」「家政婦は見た!」など数多くのドラマに出演した。
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所属事務所が発表、通夜と葬儀は近親者のみで
俳協は9月30日、公式サイトに「阿部 光子 逝去のお知らせ」を掲載した。発表によると、阿部光子さん(本名・安田光子)は9月19日(土)、急性心筋梗塞のため亡くなった。死去から11日後の公表だった。
通夜と葬儀は親族の意向で、近親者のみで済ませたと説明している。発表文は「生前のご厚誼に深謝するとともに、謹んでご通知申し上げます」と記し、親族への取材と弔問は控えてほしいと呼びかけた。名義は東京俳優生活協同組合の理事長、米田雄司氏だ。
阿部光子さんは1939年3月31日生まれ。87歳の誕生日から半年足らずでの死去となった。俳協の発表文は年齢を「享年87」と記している。
「阿部光子」の名前では同姓同名の作家もいるが、別人だ。亡くなったのは、俳協に所属していた東京都出身の女優の阿部光子さんである。
劇団東芸から俳協へ、約60年同じ事務所で
俳協の公式プロフィールによると、阿部光子さんは東京都の出身。1960年に劇団東芸に入り、1966年から俳協に所属した。以来、亡くなるまで約60年にわたって同じ組合に籍を置き、テレビドラマや映画、アニメの声の仕事まで幅広くこなした。
プロフィールには、資格としてホームヘルパー、趣味として手芸が並ぶ。同じページの「主な出演作品」欄には、NHKと民放5局のドラマ、映画、アニメが放送局ごとに書き連ねられており、その数は50作品を超える。
「おしん」や大河ドラマなど、NHK作品に多数出演
「おしん」は、1983年4月から1984年3月まで放送されたNHK連続テレビ小説だ。橋田壽賀子さんが脚本を書き、明治から昭和を生き抜いた女性の一代記を描いた。期間平均視聴率52.6%、最高視聴率62.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録し、海外の多くの国でも放送された。阿部光子さんもこの作品に出演した。
NHKの連続テレビ小説では、「おしん」のほかに「はね駒」「チョッちゃん」「あぐり」「天うらら」にも出演した。1980年代から1990年代後半まで、朝の15分ドラマに何度も顔を出していたことになる。
大河ドラマは「山河燃ゆ」「春の波濤」の2作品に出演した。1985年から1986年にかけて放送された新大型時代劇「真田太平記」にも出ており、1980年代半ばにNHKの大型ドラマへの出演が続いた。そのほか「腕におぼえあり2」「櫂」「双子探偵」「キテレツ」、NHKスペシャルの「牛の目ン玉」など、NHKでの出演作は時代劇から子ども向けドラマまで幅広い。
「家政婦は見た!」「太陽にほえろ!」など民放の人気ドラマにも
民放でも出演作は多い。テレビ朝日系では「家政婦は見た!」に出演した。1983年に「土曜ワイド劇場」の枠で始まり、市原悦子さんが家政婦の石崎秋子を演じたシリーズで、2008年までに26作が放送された。同じテレビ朝日系では「はぐれ刑事純情派」「はみだし刑事情熱系」「さすらい刑事旅情編」「私鉄沿線97分署」など刑事ドラマへの出演が目立つ。
日本テレビ系では「太陽にほえろ!」「超人バロム・1」「サイコメトラーEIJI」など。TBS系では「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「3年B組金八先生」「Gメン’75」「ふぞろいの林檎たちIV」、2000年の「池袋ウエストゲートパーク」「Beautiful Life ~ふたりでいた日々~」と、各時代を代表する作品が並ぶ。
1970年代のホームドラマから、2000年代の若者向けドラマまで。放送局も年代も違う作品に、脇を固める俳優として呼ばれ続けた。
フジテレビ系では「世にも奇妙な物語 真夏の特別編」「オトメン(乙男)~夏~」、テレビ東京系では「大江戸捜査網」「トラブルマン」などにも出演した。
アニメ「あしたのジョー」、映画「探偵はBARにいる2」も
俳協は声優・ナレーターを多く抱える事務所としても知られ、阿部光子さんも声の仕事を手がけた。公式プロフィールには、テレビアニメ「あしたのジョー」「さすらいの太陽」、劇場アニメ「風を見た少年 The Boy Who Saw The Wind」の名前がある。
映画では、2008年公開の「劇場版 さらば仮面ライダー電王 ファイナル・カウントダウン」と、2013年公開の「探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点」に出演した。テレビでは2005年の「仮面ライダー響鬼」にも出ており、60代後半から70代にかけても特撮作品や人気映画シリーズに顔を見せていた。
昭和の朝ドラや大河ドラマから、平成の池袋を舞台にしたドラマ、特撮、アニメまで。所属事務所のプロフィールに残る作品名は、東京の劇団から出発した俳優が66年かけて積み上げた仕事の記録だ。
所属事務所は親族への取材と弔問を控えるよう求めており、お別れの会などの予定は9月30日の発表には含まれていない。
[文/構成 by エンタメライター 和泉ユウスケ]










































































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