田中希実、アジア大会女子1500m銅 小林祐梨子以来20年ぶりの日本勢表彰台

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名古屋アジア大会の陸上女子1500m決勝が26日にあり、田中希実(27)=豊田自動織機=が4分06秒14で3位に入った。この種目で日本勢が表彰台に立つのは、2006年ドーハ大会で銀メダルだった小林祐梨子以来20年ぶり。24日の10000m銀に続く今大会2個目のメダルで、28日夜には最後の種目、5000mに臨む。
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残り1000mから先頭、ラスト200mで2人にかわされ3位
決勝の舞台は名古屋市のパロマ瑞穂スタジアム。雨で濡れたトラックで、序盤は同じ日本代表の道下美槻(積水化学)が集団を引っ張り、最初の400mを66秒で通過した。
田中が動いたのは500m付近だった。先頭に出るとそのままペースを握り、800mを2分13秒で通過する。ラスト1周の鐘を聞いた時点で後ろに残っていたのは、ネリー・コリル(バーレーン)、李春輝(中国)、パルル・チャウダリー(インド)の3人だけだった。
勝負は最後の200mで決まる。残り200m付近でコリルが田中を抜き、残り100mで差が広がった。田中は食い下がったものの、ゴール手前の残り30mで李春輝にもかわされ、3位でフィニッシュした。
| 順位 | 選手 | 記録 |
|---|---|---|
| 1位 | ネリー・コリル(バーレーン) | 4分04秒50 |
| 2位 | 李春輝(中国) | 4分05秒50 |
| 3位 | 田中希実(日本) | 4分06秒14 |
| 8位 | 道下美槻(日本) | 4分21秒24 |
優勝したコリルとの差は1秒64。道下もシニアの国際大会で8位に入り、日本勢2人がそろって入賞した。
「20年ぶり」の起点は2006年ドーハ大会の小林祐梨子
アジア大会の女子1500mで日本勢が最後に表彰台に立ったのは、2006年12月のドーハ大会だった。小林祐梨子が4分14秒96で銀メダルを手にしている。優勝はバーレーンのマリアム・ユスフ・ジャマルで、3位はインドのシニモル・パウロスだった。
その後の4大会、日本勢は一度も表彰台に届かなかった。
| 大会 | 金メダル | 銀メダル | 銅メダル | 日本勢の表彰台 |
|---|---|---|---|---|
| 2006年ドーハ | バーレーン | 日本(小林祐梨子) | インド | 銀 |
| 2010年広州 | バーレーン | ベトナム | バーレーン | なし |
| 2014年仁川 | バーレーン | バーレーン | インド | なし |
| 2018年ジャカルタ | バーレーン | バーレーン | インド | なし |
| 2022年杭州 | バーレーン | インド | バーレーン | なし |
| 2026年名古屋 | バーレーン | 中国 | 日本(田中希実) | 銅 |
2010年広州大会は吉川美香の6位、2022年杭州大会は後藤夢の5位が日本勢の最高だった。バーレーンは2006年から6大会続けて金メダル。田中の銅は、その流れの中で日本が20年ぶりに割って入った結果となる。
「スパートの切れ味の鋭さが欲しかった」レース後に語った課題
メダルを手にしても、田中の口から出たのは反省だった。スポニチアネックスの取材には、敗因をこう挙げている。
「相手をあっと思わせるようなスパート、そこでさっと離せないと意味がない。自分の方が足を使ってしまったので、もうちょっとスパートの切れ味の鋭さが欲しかった」
月刊陸上競技によると、10000mを終えた時点で「すごく身体が整っていた」という。1500mでは勝ちにいく中でも自分らしさを大事にした走りを目指したが、ラストでそれを形にできず、「やっぱり形にできなかったので、模索し続けるしかないのかな」と漏らした。
なぜ、あえて前に出るレースを選んだのか。
東スポWEBの取材で、田中は国内と海外の違いに触れた。「国内だと、やっぱり自分の中で、イマイチだなというスパートでも、ある程度の順位は取れてしまう。海外だと、やっぱりその位置に自分がいないと言うか、相手のラストスパートに合わせることしかできない立ち位置なので」。国内では試せないラストの勝負を、アジアの舞台で確かめる狙いが見える。
悔しさの一方で、手応えも口にした。「自分で仕掛けながら、どういう風に走るかを考えるのは、高校生以来の久しぶりの感覚。それを味わえている時間自体が、幸せなことだなと感じた」と、同じく東スポWEBに明かしている。
異例の3種目挑戦、残るは28日の5000m
田中は今大会、1500m、5000m、10000mの3種目に出場する。800mと1500mを中距離、5000mと10000mを長距離と分けて考える日本の陸上界では珍しい挑戦で、大会前には「毎日のように挑戦し続ける、向き合い続ける姿を見ていただきたい」と語っていた。
1種目目の10000m(24日)では、パリ五輪3000m障害を制したウィンフレッド・ヤビ(バーレーン)とラストまで競り合い、32分41秒54で銀メダル。その2日後の1500mで銅を加えた。スポニチアネックスによると、パロマ瑞穂スタジアムは高校2年で日本選手権に初出場した思い出の会場だという。
最後の5000m決勝は28日夜に行われる。月刊陸上競技の取材に、田中はこう意気込んだ。「今回、一番タレントがそろっている種目。バチバチのメダル争いになると思うので、今日の反省を生かして気持ちで負けないようにしたい」
1500mで取り切れなかったラストの勝負が、5000mでも鍵を握る。銀、銅と続いたメダルの色を最後に変えられるか、5日間で3種目を走る挑戦が28日夜に締めくくりを迎える。
田中は2026年3月に初の著書『希わくばの詩』を出しており、2025年の東京世界陸上までの253日間を走りながら書きつづった手記で、レースの裏にある迷いや葛藤を本人の言葉で読める。
[文/構成 by スポーツライター 南條楓]








































































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