Def Tech Microこと、西宮佑騎氏の生い立ちとは 伝説的サーファーの父と母との家族の絆と半生

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音楽ユニット「Def Tech」のMicroこと西宮佑騎氏。ハワイ出身のShenと共に「ジャワイアン・レゲエ」という独自の音楽で2000年代の音楽シーンを席巻した。彼の音楽と人生の根底には、日本のサーフィン界の草分けの一人である父と、海を愛する家族の存在がある。音楽活動から俳優、サンゴ保全まで、その表現は多岐にわたる。
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「ジャワイアン・レゲエ」で時代を席巻、Def TechのMicro
音楽ユニット「Def Tech」のメンバー、Micro。本名は西宮佑騎(にしみや ゆうき)。1980年8月28日、東京都大田区蒲田に生まれた。法政大学国際文化学部に在学中、ハワイ出身のShenと出会い、2001年にDef Techを結成する。
彼らが自らの音楽を「ジャワイアン・レゲエ」と名付けた。日本、ジャマイカ、ハワイの音楽文化を合わせたこの新しい響きは、多くの若者の心を掴んだ。2005年にリリースした1stアルバム『Def Tech』は、収録曲「My Way」がCMソングに起用されたことをきっかけに、インディーズながら280万枚を売り上げる記録的なヒットとなった。
インディーズアーティストとして史上初となるNHK紅白歌合戦への出場も果たす。その成功は、当時の音楽業界において大きな注目を集めた。
父と母が語る家族の絆 「海が結びつけた」サーフィン一家の教え
西宮氏の人生を語る上で、家族とサーフィンは切り離せない。父の西宮秀幸氏は、日本のサーフィン界における草分け的な存在の一人だった。母のトモ子さんもボディボードが趣味で、まさに海が二人を結びつけた。
父は東京都大田区蒲田でサーフショップを経営。その影響で、西宮氏は幼少期から頻繁にハワイを訪れ、物心つく前から波に親しんだ。本人も「4、5歳の頃からハワイで波乗りさせてもらえたことが大きい」「僕にとっては自転車に乗るような感覚」と自身のSNSで語るほど、サーフィンは生活の一部だった。
母・トモ子さんは、息子に「すべての人を尊ぶこと」を自然体で教えたという。西宮氏は潮出版社のインタビューで、母から受けた影響の大きさを語る。心に刻まれた「あなたの中には宇宙がある」という母の言葉は、後にDef Techの楽曲「Golden Age」やソロ曲「母の心情」の創作につながった。
bayfmのラジオ番組に出演した際には、プロサーファー大野修聖コーチの家族とも、親の代から家族ぐるみの付き合いがあったことを明かしている。「親子二世代のサーフィンへのこの想い、夢、希望が詰まったオリンピックです!」と、サーフィンが東京五輪の正式種目となった際の喜びを語った。父から受け継いだ海への情熱は、世代を超えた仲間との絆も育んだ。
音楽の原点とソロ活動、そして再結成
大学3年生の時に米同時多発テロ(9.11)を目の当たりにしたことが、本格的に音楽活動を始めるきっかけだったと報じられている。社会へのメッセージを音楽に込めるスタイルは、この頃から芽生えていた。
Def Techとして頂点を極めた後、2007年には自身のレーベル「Primary Color Recordz」を設立。同年、Def Techは「音楽的な方向性の違い」を理由に解散を発表し、西宮氏はソロ活動を開始した。
しかし、ファンの期待に応えるように、2010年にDef Techは活動再開を宣言。アルバム『Mind Shift』のリリースをもって、3年の時を経て再結成を果たした。2020年にはYouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」に出演し、「My Way」を披露。動画は大きな反響を呼び、彼らの音楽が世代を超えて愛され続けていることを証明した。
「海の中にマンションを建てた気分」 サンゴ保全活動への思い
西宮氏の活動は音楽だけにとどまらない。海への深い愛情は、環境保護活動へと向かう。特に沖縄のサンゴ保全活動には力を注いでいる。
サンゴ研究者の金城浩二氏との出会いが、その活動を後押しした。当初は「本当かよ!?」と半信半疑だったというが、自ら養殖したサンゴを海に植え、それが成長していく姿を目の当たりにする。その経験は、彼に大きな希望を与えた。
「自分の育てたサンゴに小っちゃい子魚たちが誕生していたんですね。その時、僕はお金持ちじゃないのでマンションは建てられないけど、海の中に初めて大きなマンションを建てたような気分になった」。bayfmの番組で、西宮氏は活動の喜びをそう表現した。人間の手で海を豊かにできるという実感。それが彼の新たな原動力となる。
音楽と海、表現活動は多岐に
Def Techの活動と並行し、西宮氏の表現の幅は広がり続ける。2011年には観月ありさの楽曲「ALISA IN WONDERLAND」の作詞・作曲を手がけるなど、音楽プロデューサーとしても手腕を発揮。2014年にはブロードウェイミュージカル「イン・ザ・ハイツ」で初の舞台出演を経験した。
俳優としても活動し、2015年公開のオムニバス映画の一編『すけ坊』では主演を務めた。近年では、プロサーファーのドキュメンタリー番組でナレーションを担当するなど、その穏やかな語り口も表現の場となっている。
音楽とサーフィン。二つの軸から始まった彼の旅は、俳優、プロデューサー、そして環境活動家へと、その領域を広げてきた。
[文/構成 by MEDIA DOGS編集部]
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