フレディ・ジャクソンさん死去、『Rock Me Tonight』の米歌手 死因は非公表

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1985年のヒット曲『Rock Me Tonight (For Old Times Sake)』で知られる米R&B歌手のフレディ・ジャクソンさんが、米国時間の10月5日に亡くなった。70歳の誕生日から3日後だった。家族が6日、本人の公式インスタグラムで発表した。死因は明らかにしていない。
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家族が公式インスタグラムで発表、死因と場所は明かさず
訃報は米国時間10月6日、ジャクソンさんの認証済みインスタグラムに家族の名義で掲載された。声明は「深い悲しみとともに、愛するフレディ・ジャクソンが昨夜、安らかな眠りについたことをお伝えします」と始まる。亡くなった場所や死因には触れていない。
声明は続けて、ジャクソンさんを「伝説的な歌声の持ち主である以上に、ファンや家族、友人、そして音楽をありったけの思いで愛した、優しく寛大な人だった」と表した。数十年にわたって届けた歌は、多くの人の恋や祝いごと、大切な思い出のサウンドトラックになったとつづり、「その贈り物は永遠に生き続ける」と結んでいる。
ステージを見守ったファンへの言葉もあった。「フレディが舞台に立ったとき、一緒に歌い、踊り、何かを感じてくれたすべての人へ。ありがとう」。葬儀の日程や功績をしのぶ方法は、数日のうちに知らせるとしている。
ジャクソンさんは2024年、SNSに投稿した動画で腎臓病と診断されたことを公表していた。「この道のりには困難もあったが、包み隠さず、しなやかな強さを持って向き合うと決めた」と語り、全米腎臓財団と組んで病気の啓発にも取り組んだ。ただし、この病気と死去との関係について家族は何も説明していない。
ハーレムの教会から全米R&Bチャートの頂点へ
ジャクソンさんは1956年10月2日、ニューヨークのハーレムで生まれた。歌の原点は、127丁目にあるホワイト・ロック・バプテスト教会の聖歌隊だ。そこで出会ったのが、のちにプロデューサー兼作曲のパートナーとなるポール・ローレンスだった。
ローレンスのグループ、LJE(ローレンス・ジョーンズ・アンサンブル)の一員としてニューヨークのクラブで歌い始め、1970年代後半にはカリフォルニアへ移り、ファンクバンドのミスティック・マーリンに加わる。バンドで3枚のアルバムを出したあとニューヨークへ戻り、ローレンスと再び組んだ。この時期はデモの歌入れや、歌手で女優のメルバ・ムーア、イヴリン・”シャンペン”・キング、アンジェラ・ボフィルのバックコーラスを務めていた。
転機はソロデビューだった。1984年にキャピトル・レコードと契約し、翌1985年にデビューアルバム『Rock Me Tonight』を発表。ローレンスが書き、プロデュースした表題曲『Rock Me Tonight (For Old Times Sake)』は、米ビルボードのR&Bチャートで6週連続1位となり、総合チャートのHot 100でも18位まで上がった。
アルバムは全米レコード協会(RIAA)からプラチナ認定を受けた。同じアルバムからカットした『You Are My Lady』もR&Bチャート1位を記録し、ジャクソンさんの代名詞となる一曲に育つ。
グラミー2部門ノミネート、R&B首位10曲の記録
デビュー作の成功で、1986年のグラミー賞では最優秀新人賞と、『You Are My Lady』での最優秀男性R&Bボーカル・パフォーマンスの2部門にノミネートされた。受賞はならなかったが、グラミーの候補に挙がったのはキャリアでこの2回だけだ。
勢いは2作目以降も続く。2作目のアルバム『Just Like the First Time』もプラチナ認定を受け、『Tasty Love』『Have You Ever Loved Somebody』『Jam Tonight』がそろってR&Bチャートの首位に立った。メルバ・ムーアの曲にフィーチャーされた『A Little Bit More』、1990年代に入ってからの『Love Me Down』も1位に届いている。
1985年から1991年にかけて、R&Bチャート1位は計10曲に上る。ビルボードのR&Bソングチャートには通算35曲を送り込み、うち19曲がトップ10入りした。アルバムでも『Rock Me Tonight』『Just Like the First Time』『Don’t Let Love Slip Away』『Do Me Again』の4作がR&Bアルバムチャートの1位を獲得している。1980年代から1990年代初めにかけて、ジャクソンさんはアーバン系ラジオに欠かせない歌い手だった。
活動の場は映画やドラマにも広がった。1989年にはアニメ映画『All Dogs Go to Heaven』のサウンドトラックで、アイリーン・キャラとのデュエット『Love Survives』を歌った。同じ年には米コメディードラマ『ゴールデン・ガールズ』にラウンジ歌手役で出演し、1990年の映画『キング・オブ・ニューヨーク』にも顔を見せている。
メルバ・ムーア「偉大な歌手で、さらに偉大な友人」
訃報を受け、デビュー前のジャクソンさんがバックコーラスを務め、のちにデュエットのヒットも生んだメルバ・ムーアが声明を出した。
「偉大な歌手であり、それ以上に偉大な友人だったフレディ・ジャクソンを失い、胸が張り裂けそうだ」。ムーアはそう書き出し、『A Little Bit More』などのレコーディングでは、彼のユーモアにいつも笑わされていたと明かした。「私たちには特別な絆があった。大切な友人のことをこれからもずっと恋しく思う。安らかに、フレディ」と結んでいる。
ヒットチャートの常連だった時期を過ぎても、ジャクソンさんは歌うことをやめなかった。2006年の『Transitions』、2010年の『For You』、2018年の『Love Signals』とアルバムを重ね、2023年にはアルバム『My First Love』を出した。腎臓病を公表したあともツアーを続け、コンサートやフェスティバルの人気出演者として、晩年まで客席の前に立ち続けた。
ハーレムの聖歌隊から始まった歌声は、40年以上にわたってラブソングを届けてきた。10月8日時点で、死因や葬儀の日程について家族からの追加の発表は出ていない。
[文/構成 by エンタメライター 真柴 ことね]










































































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