モーリー・ロバートソンさん死去、63歳 食道がんで 東大・ハーバード同時合格の華麗なる経歴

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国際ジャーナリストのモーリー・ロバートソンさんが1月29日、食道がんのため63歳で死去した。東京大学とハーバード大学への同時合格という異色の経歴を持ち、ジャーナリスト、ラジオパーソナリティー、テレビコメンテーター、俳優などメディアを横断して幅広く活動。鋭い国際情勢の分析と親しみやすい語り口で知られた。
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突然の訃報、近親者のみで葬儀
国際ジャーナリストでテレビコメンテーターなどとしても活躍したモーリー・ロバートソン(本名モーリー・エドムンド・ロバートソン)さんが、2026年1月29日に食道がんのため亡くなった。63歳。パートナーで俳優の池田有希子さんと所属事務所が2月1日、公式SNSを通じて公表した。
発表によると、ロバートソンさんはかねてより食道がんで療養中だった。葬儀は故人の生前の遺志により、近親者のみで執り行ったという。事後の報告となったことについて「御詫び申し上げます」と記し、香典や供花などは固く辞退するとしている。
異色の経歴、東大・ハーバード同時合格
ロバートソンさんは1963年、米ニューヨークで日本人の母とアメリカ人の父の間に生まれた。日米双方の教育を受け、富山県立高岡高校を卒業。1981年、東京大学理科一類と米ハーバード大学に同時合格したことで、一躍その名が知れ渡る。日本語で受験したアメリカ人としては、おそらく初めての東大合格者だった。
過去のインタビューでは、日本の高校生活に馴染めず「不良」と見なされた経験を語っている。周囲に認めさせるため、学業で結果を示すしかないと勉強に打ち込んだ結果が、日米の名門大学同時合格につながった。東京大学には1学期のみ在籍して中退し、ハーバード大学へ進学。電子音楽とアニメーションを専攻し、1988年に卒業した。
大学在学中の1984年には、自叙伝『よくひとりぼっちだった』を出版し、ベストセラーとなる。自身のアイデンティティや日米文化の狭間での葛藤を綴った内容は、多くの若者の共感を呼んだ。
ジャーナリストから俳優まで、メディアを横断した表現者
ハーバード大学卒業後、ロバートソンさんの活動は多岐にわたる。1991年から約7年間、ラジオ局J-WAVEの深夜番組「Across The View」でパーソナリティーを務め、独自の選曲とトークで人気を博す。2000年代に入ると、インターネットラジオの草分けとしてポッドキャスト番組「i-morley」を配信し、新たなメディアの可能性を切り開いた。
2010年代以降はテレビでの活動が目立つようになる。日本テレビ系「スッキリ」やNHK「所さん!大変ですよ」などにレギュラー出演。国際ジャーナリストとして複雑な海外情勢を分かりやすく解説する一方、時にユーモアを交えた親しみやすいキャラクターで、お茶の間の人気を得た。
活動の幅は俳優業にも及ぶ。2021年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」では、日本に来航したペリー提督役を重厚に演じた。ほかにもTBS系「日本沈没−希望のひと−」やテレビ朝日系「家政夫のミタゾノ」など、数々のドラマに出演し、個性的な存在感を示した。
鋭い批評眼と人間味、突然の知らせに広がる驚き
ロバートソンさんは自身を、正論を語る「白モーリー」と、本音を語る「黒モーリー」の二面性があると語っていた。テレビでは国際情勢や社会問題を冷静に分析する姿を見せる一方、ネット配信ではより自由な立場で鋭い批評を展開。そのバランス感覚が、幅広い層からの支持につながった。
富山県氷見市の観光親善大使や政策参与を務めるなど、地方との関わりも深い。その多才さと人間味あふれる人柄で多くの人に愛されただけに、突然の訃報にSNSなどでは驚きと悲しみの声が広がっている。「解説が分かりやすかった」「もっと話を聞きたかった」など、早すぎる死を惜しむ投稿が相次いだ。
ジャーナリズムから音楽、演技まで、既存の枠にとらわれず常に新しい表現を模索し続けた生涯だった。その鋭い視点と温かい人柄は、多くの人の記憶に残り続けるだろう。
[文/構成 by MEDIA DOGS編集部]


















































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