小林悠、U-21Jリーグで実戦復帰即ゴール 昨年7月以来440日ぶりの得点、引退表明後の後半38分に右足ボレー

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川崎フロンターレのFW小林悠(39)が10月3日、U-21Jリーグの東京ヴェルディ戦に後半31分から出場し、同38分に右足のジャンピングボレーを決めた。約半年ぶりの実戦復帰で、4-1の勝利を決定づける4点目となった。J1での最後の得点となった昨年7月20日のガンバ大阪戦から、440日ぶりの得点だ。9月23日に現役引退を発表していた。
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後半31分に投入、7分後にジャンピングボレー
2026/27シーズンのU-21Jリーグ東西リーグラウンドEAST第4節は10月3日(土)、川崎市の等々力で行われた。川崎フロンターレU-21が東京ヴェルディU-21を4-1で下した一戦だ。
川崎Fは前半5分と14分に持山匡佑が連続ゴールを挙げて主導権を握った。東京Vは前半39分に神田奏真が1点を返す。後半に入り、78分に山市秀翔が3点目を加える。試合の途中には両チームに退場者が出て、後半は10人対10人の展開になった。
小林が交代でピッチに立ったのは、その直前の後半31分(試合の76分)だ。オーバーエイジ枠でのメンバー入りで、左ふくらはぎの負傷から回復し、約半年ぶりの実戦となった。スポニチアネックスは、前回の実戦から189日ぶりの出場と伝えている。
見せ場は出場から7分後に来た。後半38分(試合の83分)、左から上がった浮き球に対し、右足でジャンピングボレーを合わせる。ボールはゴールに突き刺さり、4点目となった。
昨年7月20日のG大阪戦以来、J1最後の得点から440日
今回の得点がどれだけ久しぶりだったのか。J1での最後のゴールは、2025年7月20日のガンバ大阪戦(アウェー)だ。小林が先発して先制点を決めたが、チームは1-2で逆転負けを喫した。この1点が、同年のJ1でただ1つの得点だった。
その日から今回までは440日になる。今季のJ1百年構想リーグでは途中出場2試合、計18分にとどまり、4月に左ふくらはぎを負傷してからはトップチームのベンチ外が続いていた。
ここで注意したいのは、数字の意味だ。「440日」はJ1でのゴールからの日数で、実戦への出場からの日数ではない。189日ぶりという数字は、前回の実戦出場からの経過を指す。2つは別の数字なので、別々に見る必要がある。
等々力でのゴールとしても、2025年6月11日の天皇杯2回戦・福島ユナイテッド戦以来だった。
決めたのは山市秀翔のクロス、思い浮かべたのは2020年の中村憲剛のアシスト
アシストしたのは、直前に自らも得点していた山市だった。川崎F専門メディアのTARGMAによると、山市は2020年12月16日の浦和戦で中村憲剛が小林へ送ったアシストの映像を思い浮かべていたという。あの映像の通り、悠さんなら必ずゴール前にいる。そう信じて、ボールを送り込んだと明かした。
小林はその場面について、頭で考えるより先に体が動いたと明かした。年齢を重ねながら積み重ねてきた経験が、ボレーという形になったという。
世代を超えた連係が、39歳のベテランに最後のシーズンの1点をもたらした。山市が手本にした2020年のアシストを出した中村は、現在は川崎Fのヘッドコーチを務めている。小林が一度は思いとどまった背景には、その中村の助言があった。
9月23日に引退を発表、2027年1月1日に現役を終える
小林は9月23日、39歳の誕生日に川崎市内で記者会見を開き、2027年1月1日付での現役引退を発表した。2010年に拓殖大学から川崎Fへ入団し、17シーズン目の今季まで、このクラブ一筋でプレーしてきた。
J1通算は405試合で144得点を挙げ、得点数は歴代7位にあたる。川崎Fでの通算得点はクラブ最多だ。2017年にはJ1初優勝のチームでキャプテンを務め、自身は得点王とMVPに輝いた。日本代表としては国際Aマッチ14試合に出場している。
引退を決めた理由について、小林は「シーズンを通して1点も取れなかったら、フォワードとしてやめるべきだとずっと思っていました」と語った。今季は百年構想リーグで途中出場2試合、計18分にとどまり、一度は引退を考えたが、中村憲剛ヘッドコーチの助言を受け、百年構想リーグで区切りをつけず、その後も現役を続ける道を選んだ。
トップチームの試合ではないものの、実戦で決めた1点には違いない。残る約3カ月、トップチームの試合に戻れるかどうかが焦点になる。小林は引退の発表後、残る試合での完全燃焼を誓っていた。
[文/構成 by スポーツライター ミカ]









































































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