オリックス高卒ルーキー・野上士耀さん(19)死去 前日まで居残り練習…小浜本部長が涙「事実を受け入れられない」

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オリックスは9月30日、高卒1年目の捕手・野上士耀さん(19)の急逝を発表した。同日朝に選手寮の自室で倒れているのが見つかり、死因は親族の意向で非公表だ。前日も個別練習に励んでいたといい、小浜裕一球団本部長は会見で涙を流した。
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朝の点呼に応答なし、19歳は寮の自室で見つかった
プロ野球の野上士耀(のがみ・しきら)さん(19)=オリックス・バファローズ=が9月30日に亡くなった。球団は同日午後6時、リリースで急逝を公表している。2025年のドラフト7位で入団した高卒1年目の捕手。プロの世界に入ってから、まだ1年もたっていなかった。
球団は公式サイトで「生前、ファンの皆様から賜りましたご厚情に深く感謝申し上げますとともに、謹んで哀悼の意を表します」とコメントした。発表から1時間半後の午後7時半、小浜裕一球団本部長が大阪市内で報道陣の取材に応じ、経緯を説明する場が設けられた。
小浜本部長によると、この日朝の点呼で部屋に連絡したものの、野上さんからの反応はなかった。午前7時45分ごろ、球団職員が選手寮「青濤館」の自室で倒れている野上さんを発見。駆けつけた消防隊員が、午前8時に死亡を確認した。
死因は親族の意向もあり、公表していない。球団は事件性はないと説明する。
朝の選手寮周辺には、複数の警察車両が止まっていたという。大阪市此花区の杉本商事バファローズスタジアム舞洲で予定していたファームの練習試合・阪神戦は、急きょ中止になった。
甲子園の「4番・捕手」がドラフト7位でプロへ
野上さんは2007年5月23日、愛知県春日井市で生まれた。小学6年のときには中日ドラゴンズジュニアに選ばれ、NPBジュニアトーナメントに出場している。
高校は茨城の明秀学園日立に進んだ。3年夏の2025年には「4番・捕手」として全国高校野球選手権大会に出場。チームは1回戦で敗れたが、高校通算15本塁打の長打力と強肩が評価され、同年秋のドラフト会議でオリックスから7位指名を受けた。同じ明秀日立のチームメートだった外野手の能戸輝夢も中日から4位で指名され、同じ高校から2人がそろってプロの道へ進んだ。
身長170センチと、捕手としては小柄だ。それでも強肩強打の高卒新人として期待され、背番号60を背負ってプロ生活をスタートさせた。
1年目の今季は、1軍での出場機会がなかった。ファーム・リーグでは32試合に出場して打率.187、4打点。2軍で実戦を重ね、1軍デビューを目指す日々が続いていた。
9月27日の広島戦にも「9番・指名打者」で出場していた。
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「右の森友哉に」、高い目標を口にしていた
スポーツ報知によると、野上さんは「1軍で早く試合に出られるように。素晴らしい捕手がいっぱいいるので、いいところを吸収して、自分のものにしていけたら」とデビューへの思いを明かしていた。同紙は「右の森友哉選手になれるように頑張ります」という言葉も伝えている。森友哉はオリックスの主力捕手で、左打席から長打を放つ強打者だ。右打ちの19歳が掲げたのは、チームの看板捕手と同じ場所だった。
亡くなる前日の29日も、野上さんはグラウンドにいた。全体練習に参加した後、自主的に打撃練習に取り組んでいたという。小浜本部長は「元気な姿でグラウンドでやっていたという報告は受けています」と話した。
会見の小浜本部長は、涙を流しながら言葉を絞り出した。スポーツ報知が伝えた発言は「もう本当に、いまだに事実を受け入れられないような状況で、深い悲しみと大きなショックを受けております。ご家族のお気持ちを考えますと、深い悲しみをお察しするところで。もう本当に、残念でなりません」。選手、コーチングスタッフ、職員を含む球団全体が、突然の知らせを受け止めきれずにいると説明した。
死因は非公表、球団は親族の意向を尊重
30日夜の時点で、球団から死因や今後の対応についての追加発表はない。球団はリリースと会見で、親族の意向と事件性がないことを伝えるにとどめている。
[文/構成 by さとう つづり]









































































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