『GOJI 映画監督 長谷川和彦』来年1月30日公開決定 80歳で死去した監督の晩年13年

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2026年1月31日に80歳で亡くなった映画監督・長谷川和彦の晩年を記録したドキュメンタリー映画「GOJI 映画監督 長谷川和彦」が、2027年1月30日から東京・渋谷のユーロスペースほか全国で順次公開される。一周忌に合わせた公開で、2013年春から死の直前まで約13年にわたって回したカメラの映像で構成する。監督は広島県出身のドキュメンタリー作家・森山智亘だ。
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一周忌の前日に公開、11月には広島で先行上映
公開決定は10月15日に発表された。公開日の2027年1月30日は土曜日で、長谷川の一周忌にあたる1月31日の前日だ。上映時間は115分。プロデューサーには神野敬久、大島新、溝樽欣二が名を連ね、宣伝・配給はA PEOPLEが担う。発表と同時にティザービジュアルと場面写真2点も公開された。
全国公開より先に、作品は広島でスクリーンにかかる。11月13日に開幕する広島国際映画祭2026で、11月15日のクロージング作品として上映が決まった。全国公開に先駆けたワールドプレミア上映になる。この映画祭は2014年、長谷川に3作目を撮ってもらおうと「長谷川和彦監督新作プロジェクト」を立ち上げ、同じ年に「太陽を盗んだ男」をオープニングで上映して、新作に向けた企画会議も開いた。作品にはこのプロジェクトにかかわる場面も登場する。
長谷川は1946年1月5日、広島の生まれだ。母親が原爆投下の2日後に広島市内へ入っており、長谷川は胎内で被爆した。広島市翠町(現・南区翠町)で育ち、広島大学附属高校から東京大学へ進んでいる。森山もまた1974年生まれの広島県出身だ。広島で育った監督の最期を、同じ広島出身の作り手が撮り、映画祭の最終日に広島で披露する。
デビュー作でキネ旬1位、2作目のあと47年の空白
長谷川の監督作は2本しかない。
東京大学文学部を中退して今村昌平監督の今村プロに入り、日活撮影所の契約助監督として藤田敏八や神代辰巳らの現場を経験した。脚本家としても「濡れた荒野を走れ」(1973年)、「青春の蹉跌」(1974年)を手がけている。
監督デビューは1976年。水谷豊を主演に、中上健次の小説「蛇淫」を原作として、両親を殺害する青年を描いた「青春の殺人者」だった。この作品はその年のキネマ旬報ベスト・テンで第1位に選ばれる。新人監督のデビュー作が年間の頂点に立った。
1979年の2作目「太陽を盗んだ男」では、沢田研二が演じる中学校の理科教師・城戸誠が原子力発電所からプルトニウムを奪い、自宅アパートで原爆を作って警察と政府を脅す。山下警部役は菅原文太。皇居前や国会議事堂でのゲリラ撮影などが語り草になり、作品は後年、キネマ旬報が選ぶ1970年代のベストワンとなった。
ところが、その後の長谷川は1本も監督しなかった。1982年には相米慎二、根岸吉太郎、黒沢清ら若手監督9人で企画・製作会社「ディレクターズ・カンパニー」を立ち上げ、「逆噴射家族」(1984年)では製作プロデューサーを務めたが、自身がメガホンを取る3作目は最後まで実現していない。
「もう一本撮らないと俺は死ねない」。2014年3月のトークライブで、長谷川は次の作品への意欲をこう口にしていたと報じられている。森山のカメラが回り始めた翌年のことだ。
「お前を企画隊長に命ずる!」から始まった撮影
なぜ、長谷川は3作目を撮れなかったのか。
作品はその問いを軸に進む。映画祭などの公の場に立つ姿に加え、映画関係者との議論や、新宿ゴールデン街でひとり酒を飲む日常にもカメラが入る。並行して、水谷豊や西田敏行ら、長谷川と仕事をしてきた俳優たちの思いが語られる構成だ。
最期まで手放さなかった企画もある。長谷川が40年以上こだわり続けた「連合赤軍」の映画化で、作品はこの企画をめぐる長谷川の姿を追い、「なぜ、映画を撮らないのか」という問いに迫る。カメラは長谷川の死に際まで入っている。
監督の森山は、フジテレビ系「ザ・ノンフィクション」やテレビ東京系「ガイアの夜明け」などのドキュメンタリー番組、バスケットボール男子日本代表を追った映画「BELIEVE」の制作に携わってきた。現在はドキュメンタリー制作会社のネツゲンに所属する。
撮影のきっかけは2013年の春だった。森山は公開決定に寄せたコメントで、「ゴジが企画募集中」という記事を見て新作のメイキング担当を申し出たと明かし、出会った夜の様子もつづっている。初対面ですでに泥酔していた長谷川は、路上で「お前を企画隊長に命ずる!」と叫んだという。アイデアをまくし立てる姿に森山が慌ててカメラを回したその夜から、気づけば13年が過ぎていた。
周囲がみな「ゴジさん」と呼ぶなか、森山は一度もその愛称を使わず、「長谷川監督」と呼び続けたという。記録したかったのは愛される人柄ではなく、「伝説の映画監督の新作誕生の瞬間」だった。その思いは長谷川の死まで変わらなかったとしたうえで、森山は「その監督は長谷川和彦自身であり、私は助監督に過ぎない」と自らの立ち位置を語る。
最初に望んだメイキング担当の仕事は今も終わっていない、と森山は書く。連合赤軍の企画が動き出せばメイキングを撮るつもりだとし、映画監督・長谷川和彦は今も生き続けている、という言葉でコメントを結んだ。
愛称の「ゴジ」は、東京大学時代にアメリカンフットボールに打ち込んでいた長谷川が、長髪を振り乱してボールを追う姿を先輩に「ゴジラそっくり」と言われたのが始まりとされる。題名の「GOJI」はこの愛称から取られた。
没後に続く上映、10月16日から4K版を2週間限定公開
長谷川は2026年1月31日、多臓器不全のため都内の病院で亡くなった。80歳だった。
没後、作品に触れる機会は増えている。3月26日から4月7日まで東京・池袋の新文芸坐で特集上映「ゴジと呼ばれた男 長谷川和彦の凄み」が組まれ、監督作2本に加え、脚本を書いた「青春の蹉跌」「宵待草」(ともに1974年、神代辰巳監督)も並んだ。2014年に「青春の殺人者」のブルーレイ特典として作られ、長谷川が撮影当時を語る83分のインタビュー作品も、この特集で劇場初公開となっている。
10月16日からは「太陽を盗んだ男」の4Kデジタルリマスター版が2週間限定で劇場公開されている。1979年当時の撮影監督・鈴木達夫が監修し、フィルムで完成したオリジナルの再現を目指した版だ。
4Kで2作目を見直し、3か月半後のドキュメンタリーで「撮らなかった3作目」の理由を追う。長谷川の遺した2本と、撮られなかった1本が、この秋から一周忌にかけての映画館でつながる。
[文/構成 by エンタメライター 和泉ユウスケ]














































































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