長谷川宙輝、ヤクルトで今季限りの現役引退を表明 「奥さんには野球選手として謝ってばかりで、ずっと支えてもらいました」と語る結婚と家族

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9月29日にヤクルトから来季の契約を結ばないと通告された長谷川宙輝投手(28)が、10月6日に自身のインスタグラムで今季限りでの現役引退を表明した。ソフトバンクの育成選手から2020年にヤクルトへ移り、プロ通算は10年。2022年1月に結婚した1歳上の一般女性について「奥さんには野球選手として謝ってばかりで、ずっと支えてもらいました」と感謝を口にしている。
戦力外から1週間、インスタグラムで「現役を引退することを決めました」
ヤクルトは9月29日、沼田翔平、田口麗斗、青柳晃洋、長谷川、山野辺翔、育成の根岸辰昇の6選手に来季の契約を結ばない旨を通告したと球団公式サイトで発表した。背番号53の左腕もその中に入っていた。
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それから1週間後の10月6日、長谷川は埼玉・戸田の2軍グラウンドで撮った集合写真とともにインスタグラムを更新し、「今シーズンをもちまして、現役を引退することを決めました」とつづった。9月29日の通告直後には「現役続行の可能性も含めて広い視野を持ってちょっと考えていきたい」と話していたが、1週間後に出した結論は引退だった。
「以前から、自分の中では『ヤクルトスワローズで戦力外になったら、ここで野球を終えよう』と決めていました」。投稿ではそう明かしたうえで、「もちろん、野球選手として最後まで続けられる可能性にも賭けました。最後まで悩みましたが、僕はヤクルトスワローズが大好きで、ヤクルトスワローズに所属する皆さんのことが本当に大好きです」と、迷った末の決断だったことを隠さなかった。
投稿の前日、10月5日には取材に応じ、引退の意思を伝えている。「スッキリしました。プロの世界で、ここまでできるとは思っていなかった」。そう切り出すと、今季1試合だけ立った1軍のマウンドについて「ここで駄目ならと思ってマウンドに上がりました。思い通りの投球はできませんでしたが、諦めがつきました」と語った。
「謝ってばかり」の10年を支えた妻と、2歳の長男
結婚が明らかになったのは2022年11月だった。相手は1歳上の一般女性で、約4年2カ月の交際を経て、同年1月22日に東京都内の区役所へ婚姻届を出していた。プロポーズは2021年11月、品川の鉄板焼き店での食事の席。「結婚してほしい」と、飾らない言葉で気持ちを伝えたという。
この時期の長谷川は、選手として最もつらい時間の中にいた。2021年9月、血行障害の一種「胸郭出口症候群」の治療のため胸部の手術を受け、2022年は1軍登板なしに終わる。リハビリを支えた妻について、当時は「マイナスに考えているときにプラスになることを言ってくれました。一緒にいてずっと笑顔でいられる存在です」と語り、「奥さんのためにももっと頑張りたいです」と復帰を誓っていた。
それから約4年。引退を決めた長谷川の口から出たのは、謝罪と感謝が入り交じった言葉だった。
「奥さんには野球選手として謝ってばかりで、ずっと支えてもらいました。息子とは大きくなったらキャッチボールがしたいですね」。10月5日の取材でそう話した長谷川には、2歳になった長男がいる。
インスタグラムでも妻への思いをつづった。「どんな時も寄り添ってくれて、家に帰れば楽しい時間を過ごすことができました。10年間、野球のことで頭がいっぱいだった自分を支え続けてくれたこと、本当に感謝しています」。1軍と2軍を行き来する日々が続いても、家に戻れば笑っていられた。その時間が10年を支えた。
聖徳学園から育成2位、3年目の秋に選んだヤクルト
長谷川は1998年8月23日生まれ、東京・小平市の出身。地元の少年野球チーム「鷹の台スパローズ」で野球を始め、東京・聖徳学園高に進んだ。甲子園には届かなかったが、在学中にプロのスカウトが注目する左腕に育ち、2016年秋の育成ドラフト2位でソフトバンクに入団した。
インスタグラムでは「聖徳学園という決して野球の名門とは言えない学校からプロ野球の世界に入り、まさか10年間もプロ野球選手としてプレーできるとは、18歳の頃の自分には想像もできませんでした」と、出発点を思い返している。
ソフトバンクでは3年間、支配下登録に届かなかった。2019年はウエスタン・リーグで9試合に登板して1勝2敗、防御率6.04。だが、この年のオフに転機が訪れる。育成選手は3年を終えると自動的に自由契約になる規定があり、長谷川はソフトバンクとの再契約を保留した。そこへ支配下選手としてのオファーを出したのがヤクルトだった。
2019年11月22日に移籍が決まり、21歳の左腕は幼いころからファンだった球団のユニホームに袖を通した。「ホークスに入ってプロ野球ってこんなにすごい世界だと初めて知りましたし、素晴らしい人たちとも出会いました」。10月5日の取材では、育ててもらった古巣への感謝も忘れなかった。
1年目に44試合、通算73試合で防御率6.09
ヤクルト1年目の2020年は、開幕から1軍のブルペンに入った。150キロを超える直球を武器に44試合へ登板し、1勝2敗7ホールド、防御率5.82。プロ初勝利もこの年に挙げ、将来の勝ちパターン入りを期待された。ファンからは「ハセチュー」の愛称で親しまれた。
しかし、2021年は4試合の登板にとどまり、9月に胸郭出口症候群の手術を受ける。2022年は1軍登板がなく、2023年も1試合だけだった。
持ち直したのは2024年。19試合に投げて1勝2ホールド、防御率4.71と、移籍1年目に次ぐ登板数を記録した。ところが2025年は4試合、10年目の2026年は1試合と、出番は再び減っていく。今季唯一の登板となった7月17日のDeNA戦では、6回に3四死球と制球が定まらず、牧秀悟に3ランを浴びるなど1回3失点。翌18日に登録を抹消され、これが1軍で投げた最後の試合になった。
| 年度 | 登板 | 勝敗 | ホールド | 投球回 | 防御率 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2020 | 44 | 1勝2敗 | 7 | 43回1/3 | 5.82 |
| 2021 | 4 | 1勝0敗 | 0 | 3回1/3 | 10.80 |
| 2022 | 0 | ― | ― | ― | ― |
| 2023 | 1 | 0勝0敗 | 0 | 2回 | 13.50 |
| 2024 | 19 | 1勝0敗 | 2 | 21回 | 4.71 |
| 2025 | 4 | 0勝0敗 | 0 | 4回2/3 | 3.86 |
| 2026 | 1 | 0勝0敗 | 0 | 1回 | 27.00 |
| 通算 | 73 | 3勝2敗 | 9 | 75回1/3 | 6.09 |
1軍の成績はすべてヤクルトでのもので、通算73試合、3勝2敗9ホールド、防御率6.09。数字だけを見れば、期待に応えきれなかったキャリアに映るかもしれない。
本人もそれは分かっていた。「何年も、何試合も『今回が最後かもしれない』と思いながらプレーしてきました」。インスタグラムでそう明かし、「結果が出なかったことは、本当に苦しかったですし、悔しかったです。それでも、自分がやってきた準備や努力に対しては後悔はありません」と言い切っている。
「最後、ヤクルトでプロ野球選手を辞めることができて幸せです」
ヤクルトでは今季、長くチームを支えた石川雅規も現役を退いた。10月3日には神宮の中日戦で引退試合に臨み、通算188勝の左腕がファンに別れを告げている。
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長谷川について、10月7日時点で球団から引退セレモニーなどの予定は発表されていない。引退後の進路も明らかになっていない。
「ヤクルトに獲得していただき、思うような結果は出なかったですが、すごくありがたい気持ちです。最後、ヤクルトでプロ野球選手を辞めることができて幸せです」。10月5日の取材で語った言葉は、インスタグラムの「このチームでプレーできたことを心から幸せに思います」とも重なる。
育成選手として入ったプロの世界で、気がつけば10年が過ぎていた。ファンへの感謝を並べた投稿を、長谷川は「また、どこかでお会いしましょう」という一文で締めくくった。
[文/構成 by スポーツライター 高瀬翔吾]








































































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