バーランダーが引退登板、7歳の娘がマウンドへ迎えに 妻ケイト・アプトンと1歳の息子も

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
タイガースのジャスティン・バーランダー(43)が現地9月26日(日本時間27日)、本拠地デトロイトでのパイレーツ戦で現役最後の登板に臨んだ。6回途中で交代を告げられた瞬間、7歳の長女ジュヌビエーブちゃんがマウンドへ駆け寄って抱きつき、バーランダーは涙を流しながら娘の手を引いてベンチへ戻った。妻でモデルのケイト・アプトンと1歳の長男ベラミー君もベンチ前で出迎え、21年のメジャー生活に幕を下ろした。
6回1死、交代の合図でマウンドへ走ってきたのは7歳の娘
試合はコメリカ・パークで現地26日午後1時11分(日本時間27日午前2時11分)に始まり、4万1377人の観衆が詰めかけた。バーランダーは4回にブランドン・ロウ、5回にジェイコブ・ゴンザレスにそれぞれソロ本塁打を許したものの、6回は先頭のロウを捕邪飛に打ち取って1死とした。
ここでA.J.ヒンチ監督がベンチを出て本塁方向へ歩き出す。その合図を受けて走り出したのが、背番号35と父の名前が入ったタイガースのユニホーム姿のジュヌビエーブちゃんだった。マウンドにたどり着いた娘を、バーランダーはかがみ込んで抱きしめ、体を震わせて泣いた。
「完全に不意を突かれた。一気に衝撃が押し寄せてきた」。試合後、バーランダーはそう明かしている。「すごかった。泣きじゃくってしまって、自分がうれしくて泣いているんだと娘にちゃんと分かってもらう必要があった。あんなふうに泣く私を、あの子は一度も見たことがなかったから」とも続けた。
約25秒後に監督も輪に加わり、チームメートもマウンドに集まった。バーランダーは娘の手を握ったままマウンドを降り、スタンドは総立ちとなった。ベンチ前のウオーニングトラックでは、ベラミー君を抱いたアプトンが待っており、家族4人で抱き合った。バーランダーは帽子を取って観客に応え、家族と一緒にベンチの階段を下りていった。救援のタイラー・キンリーが最初の1球を投げるまで、試合は約5分半止まった。
演出したのはヒンチ監督と妻アプトン
娘のマウンド行きは、ヒンチ監督がアプトンと相談して準備したものだった。ヒンチは2017年にアストロズでバーランダーとともにワールドシリーズを制した監督で、2026年にタイガースで再びタッグを組んでいた。
「あれほど何でも計画して段取りを組む人間は、これまで見たことがない。そんな男を驚かせるのは難しい」とヒンチは語る。「何か特別なことをしたかった。彼にとって家族はすべてだから」。ヒンチは2023年、ミゲル・カブレラの現役最終戦でも家族をグラウンドに招いている。「ユニホームを着ていない人は普通グラウンドに入れない。でも、資格1年目の投票で殿堂入りするような選手は例外だ」とも話した。
前日の25日(現地)には、試合前に球団主催のセレモニーがあり、ジュヌビエーブちゃんが始球式で投げた球をバーランダー自身が捕手役で受けていた。本人によると、事前に球場のマウンドで練習してきたという。「家ではボールを持ってきてキャッチボールをしたがる。こんなことは初めてだ」と話し、「今は投げるのはうまくなってきたけど、捕るのはまだまだ。捕るほうはもっとうまくならないと」と娘の上達ぶりを語り、父親の顔ものぞかせた。
降板の場面について、バーランダーは「家族と一緒にグラウンドを後にしてキャリアを終えられるなんて、夢に見たのと同じくらい最高だ」と話している。
5回1/3を91球、最後は逆転サヨナラ勝ち
この日の投球内容は5回1/3、91球、5安打2失点、1四球、6奪三振。登板は今季2度目で、3月30日以来の実戦マウンドだった。今季は股関節の炎症、続いて太もも裏(ハムストリング)のけがで長く離脱していた。
それでも、本人に顔見せで終わらせるつもりはなかった。ヒンチは「彼はカメオ出演を望んでいなかった。真剣勝負の登板にしたがっていた」と説明し、「なぜ彼が史上最高の1人なのかを思い出させてくれた」とたたえている。
試合はタイガースが1-3と2点を追って9回裏を迎えた。1死二、三塁から内野ゴロの間に1点を返し、2死三塁で打席に入った新人エドゥアルド・バレンシアが左中間へ逆転サヨナラ2ラン。4-3で勝ち、バーランダーに最後の黒星がつくことはなかった。「最高の一日を締めくくる最高の結末だった。タイガースでの最後の試合で、バーランダーに負けをつけさせるわけにはいかなかった」とヒンチは喜んだ。
試合前には、長年のタイガースファンとして知られるアカデミー賞俳優J.K.シモンズがスタメン発表でバーランダーの名前を読み上げている。1回に守備へつく際は、チームメートがベンチに残り、バーランダー1人がグラウンドへ走り出る演出もあった。「あれにも不意を突かれた。いつもの手順どおりにやろうとして走り出したら、みんなまだベンチにいた」と本人は明かした。
266勝、奪三振3560は歴代8位
バーランダーは2004年のドラフト1巡目(全体2位)でタイガースに入団し、2005年7月4日にメジャーデビュー。2006年に新人王を受賞した。パイレーツの5番打者で遊撃手のコナー・グリフィン(20)は、このデビュー時点でまだ生まれていなかった。
頂点は2011年だった。24勝5敗、防御率2.40、250奪三振でリーグの投手3冠に輝き、サイ・ヤング賞とア・リーグMVPを同時に受賞している。2017年8月にアストロズへ移籍すると、同年と2022年にワールドシリーズを制した。サイ・ヤング賞は2011年、2019年、2022年の計3度。ノーヒットノーランも3度達成し、オールスターには10度選ばれた。
2023年はメッツを経て同年途中にアストロズへ戻り、2025年はジャイアンツでプレー。2026年2月10日(現地)、1年1300万ドルの契約で古巣タイガースに復帰した。
所属別の成績は次の通りだ(MLB公式記録、現地9月26日の試合終了時点)。
| 所属 | 在籍年 | 勝敗 | 奪三振 |
|---|---|---|---|
| タイガース | 2005〜17年途中、2026年 | 183勝115敗 | 2380 |
| アストロズ | 2017年途中〜22年、23年途中〜24年 | 73勝28敗 | 962 |
| メッツ | 2023年(途中まで) | 6勝5敗 | 81 |
| ジャイアンツ | 2025年 | 4勝11敗 | 137 |
| 通算 | 21シーズン | 266勝159敗(防御率3.33) | 3560 |
先発は通算557試合、投球回は3576回2/3に上る。アストロズ時代の2021年は、前年に受けた右肘のトミー・ジョン手術の影響で登板がなかった。奪三振3560は歴代8位の数字だ。
「野球に引き際を教えてほしかった」
引退を公表したのは現地7月8日。オールスター戦のア・リーグ「レジェンド枠」に選ばれた直後、SNSで「残りのシーズンもチームにすべてをささげるつもりだが、今季限りで最後にすると決めた」と発表した。「すべてが始まった場所、自分をドラフトし最初のチャンスをくれたタイガースで終われるのはふさわしい」とも記している。
引き際について、バーランダーは「節目の記録や数字、カレンダーの日付で引退したくはなかった。いつがその時かは、野球のほうに教えてほしかった」とつづった。けがに苦しんだ43歳の1年は、その答えを出すための時間でもあった。
試合後、21年分の拍手を浴びた右腕は「今日のたくさんのスタンディングオベーションで、この球場が毎晩熱狂していた昔のいい思い出がよみがえった」と語り、「ただ、体のほうはあの頃のことなんて少しも思い出させてくれなかった」と付け加えた。
最後の降板で手を握っていたのは、2018年11月に生まれた長女だった。2017年11月にアプトンと結婚し、2025年6月には長男ベラミー君が誕生している。デトロイトで始まったキャリアは、デトロイトのマウンドで家族と手をつないで終わった。
[文/構成 by スポーツライター 高瀬翔吾]








































































コメントはこちら