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硤合憲三の母校・広島大学附属中・高等学校に横断幕 ノーベル化学賞を祝福

硤合憲三の母校・広島大学附属中・高等学校に横断幕 ノーベル化学賞を祝福

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2026年のノーベル化学賞に選ばれた東京理科大学名誉教授の硤合憲三(76)の母校、広島市南区の広島大学附属中・高等学校に10月15日、受賞を祝う横断幕が掲げられた。縦約1メートル、横約7メートルの幕には「世界に輝く快挙」「母校の誇り」などの言葉が並ぶ。附属小・中・高校の同窓会が共同で作った幕で、在校生が見守る中、学校の渡り廊下に掲げられた。

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渡り廊下に横7メートル、「母校の誇り」の横断幕

ノーベル化学賞の発表は10月7日。それから8日後に、母校の校舎に大きな祝福の幕がお目見えした。

幕を作ったのは、広島大学附属小学校と附属中・高等学校の同窓会だ。受賞の知らせを受けてすぐ、小・中・高の同窓会が共同で制作に取りかかった。中心になったのは中・高等学校の同窓会「アカシア会」で、卒業生のノーベル賞受賞を在校生にも知ってもらおうと提案したという。報道によると、同校の卒業生がノーベル賞に選ばれたのは初めてとなる。

アカシア会の槙本良二会長は、渡り廊下の幕について「あちらにありますように、世界に輝く快挙、母校の誇りというのは、まさに我々の想いが詰まった言葉だと思っております」と話した。幕に込めた狙いも明かしている。在校生には「偉業を成し遂げた先輩と同じ学び舎で勉強していることを誇りに感じてもらいたい」という。

横断幕は当面の間、学校に掲げておく予定だ。

「毎日のモチベーションになりそう」在校生の受け止め

生徒たちにとって、硤合は半世紀以上前に同じ学び舎で学んだ先輩にあたる。

高校2年生の生徒は「めっちゃすごいなって最初聞いた時思って、こうやって改めて(横断幕を)見て実感というか先輩なんだなって改めて実感」と話す。別の高校2年生は「この学校にいればそういう賞も狙えるのかなってワクワク感もあるし学校生活、勉強をもっと頑張ろうかな。毎日のモチベーションになりそう」と話した。

「同じ学校で時を過ごした先輩が、ノーベル賞をとられたと聞いて感銘を受けました」。そう口にした生徒もいる。別の生徒は「(最初は)すごい人がいるんだなくらいだったんですけど、こうやって見たら実感わいてきたなと思います」と受け止めを明かした。

学校も受賞決定の翌日に動いていた。10月8日、公式サイトに小野章校長名で「広島大学附属高等学校第59回卒業生 硤合憲三様のノーベル化学賞受賞決定を祝して」と題したメッセージを載せ、「硤合憲三様のご活躍は、在校生にとっても大きな励みであり、誇りであります」と祝意を示した。小野校長は取材に「大変うれしく、学校としても誇りに感じている」とも答えている。

府中町で育ち、附属小から高校まで広島で学ぶ

硤合は1950年、広島県に生まれた。出身は安芸郡府中町で、広島大学の附属小学校、附属中学校、附属高等学校を卒業している。報道によると、広島県出身者がノーベル賞に選ばれるのは初めてだ。

受賞決定の記者会見では、ふるさとにも触れた。「安芸郡府中町、マツダがあるところかな。広島に帰るときがありまして、昨年ちょうど同級生たちが集まってくれましてね、旧交を温めた思いがあります」。会見の中で、広島について「非常に住みやすいところなので、皆さん元気で頑張ってほしい」という言葉も残している。

小・中・高と同じ学校で過ごした同級生の白井孝司さんは、当時の姿をこう語った。「勉強ができてスポーツもできて正義感もあって思いやりがあって、パーフェクトですよ。クラスの中ではよく冗談を言ったり友達を喜ばせたり笑わせたり、そういうのが得意な人間だった」。

母校の歴史は長い。広島大学附属中・高等学校は1905年4月17日、広島高等師範学校附属中学校として開校し、120年を超える歩みを重ねる。1945年8月6日の原爆で全校舎を失ったが、疎開先で授業を再開し、1961年に今の場所へ移った。硤合が在籍した1960年代の校名は「広島大学教育学部附属中学校・同高等学校」で、「広島大学附属中学校・同高等学校」に改めたのは1978年のことだ。校内の講堂は1994年、広島市から被爆建物に指定されている。

理科教育にも力を入れる学校で、文部科学省のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の指定を長く受けてきた。現在は先導的改革型の第II期(2026〜2028年度)に取り組む。

「鏡像」の偏りの謎に迫った不斉自己触媒反応

スウェーデン王立科学アカデミーは10月7日、2026年のノーベル化学賞を、フランスのアンリ・カガン(95)=旧パリ南大学名誉教授=と硤合に贈ると発表した。受賞理由は「不斉有機合成における非線形効果と自己触媒反応の発見」。賞金1200万スウェーデン・クローナは2人で等分する。

アミノ酸のような分子には、右手と左手のように鏡に映した関係にある2つの形がある。ところが、生き物の体を作るたんぱく質には片方の形しか使われていない。なぜ片方だけが選ばれたのか。化学者が100年以上抱えてきた謎だ。

カガンは1986年、反応の進め方を工夫すると片方の形を予想以上に多く作れる現象を見つけた。次の一歩を踏み出したのが硤合となる。生まれた分子そのものが触媒になって同じ形の分子を増やしていく「不斉自己触媒反応」を世界で初めて見つけ、1995年に論文で発表した。2003年には、2つの形のうち片方だけができる反応を示している。この反応は「硤合反応」と呼ばれ、医薬品づくりへの応用も期待される。

日本人の化学賞受賞は、2025年に続いて2年連続、10人目となる。

研究の舞台は東京だった。1974年に東京大学理学部化学科を卒業し、1979年に同大学院で理学博士を取得。米ノースカロライナ大学の博士研究員を経て、1981年に東京理科大学の講師となり、1991年から教授を務めた。2017年に名誉教授となり、2026年10月には同大学の栄誉教授にもなった。

授賞式後の母校講演へ調整、府中町にも懸垂幕

祝福は横断幕で終わらない。同窓会は、12月に予定される授賞式の後、硤合が母校の生徒に向けて話す講演の場を設けようと調整を進めている。学校も今後、祝福のイベントを予定しているという。

出身地の府中町でも、お祝いの準備が進む。10月13日には町役場に幅約1メートル、長さ約7メートルの懸垂幕を掲げた。寺尾光司町長は「本当に府中町の方かと、本当にびっくりした話。地元がこれだけお祝いしていると盛り上がっているのが、硤合先生に伝わったらいいな」と喜び、町は名誉町民制度の創設も検討するとしている。

広島市内の書店では、化学の入門書などを集めた記念のコーナーも生まれた。地元が沸く中、母校の渡り廊下の横断幕は当面の間、後輩たちに先輩の受賞を伝え続ける。

[文/構成 by MediaDogs編集部]

寄稿者

MediaDogs編集部
メディアドッグス株式会社のMediaDogs編集部チーム。インターネットマーケティングに約10年携わるメンバーで編成し、企画・取材・執筆から公開後の改善まで一貫して担当。「出会いを、設計する。」のもと、人と企業が正しく出会える場をつくるために、一次情報の確認とファクトチェックを徹底。情報をわかりやすく誠実に届け、読者の疑問を解決します。

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