らくごカフェ創業者・青木伸広さん死去、56歳 10月3日に心不全、神保町で若手落語家を育てた歩みと加藤夏希の追悼

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東京・神保町の演芸場「らくごカフェ」の創業者、青木伸広さんが10月3日未明、心不全のため亡くなった。56歳だった。店が10月9日に公式ブログで発表し、葬儀は10月8日に近親者のみで済ませている。2009年の開業から若手落語家の勉強会の場を作り続けた人で、女優の加藤夏希(41)は「私の恩師が永眠いたしました」とSNSでしのんだ。
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公式ブログが伝えた訃報と焼香の日程
発表は10月9日の正午、らくごカフェの公式ブログに「お知らせ」として載った。署名は株式会社ラクゴカフェ取締役の渡邊友惟。冒頭は「当店の創業者である青木伸広が、心不全のため永眠いたしました」という一文で始まる。
続く文面によると、青木さんは「かねてより健康上の問題を抱えており」、客から励ましを受けながら仕事を続けていた。亡くなったのは10月3日未明。店は「まだまだやりたいことが残っていたはずの当人にとって、56歳での急逝はさぞ無念であろう」と記し、早すぎる死を悔やんだ。病気の詳しい経過について、店は公表していない。
葬儀は10月8日、本人のかねての意向で近親者だけで執り行った。事前に知らせられなかったことについて、店はおわびの言葉も添えている。
訃報を知ったファンや出演者のために、店内で誰でも焼香できる時間が設けられた。日程は10月14日、16日、19日と、11月2日、4日、6日、16日の計7日。時間は各日12時から16時までで、11月4日だけは18時から20時までとなる。青木さんへのメッセージを書き込めるスペースも用意する予定で、店は「普段のらくごカフェにおいでになる服装で」と呼びかけた。供花や供物、香典は辞退する。
店は今後も営業を続ける。お知らせの最後には「スタッフ一同で力を合わせ、青木が立ち上げた創業の理念を受け継いでいく所存です」とあった。
古書街の5階に開いた「落語のライブハウス」
らくごカフェの所在地は東京都千代田区神田神保町2-3、神田古書センターの5階だ。行列のできるカレー店「ボンディ」と同じビルで、入り口は靖国通りから1本奥に入った裏手のエレベーターになる。都営三田線・都営新宿線・東京メトロ半蔵門線の神保町駅A7出口から歩いて2分ほどの距離にある。
開業は2009年2月。それまでになかった「らくごカフェ」という業態を、青木さんが立ち上げた。
きっかけは何だったのか。
開業5カ月後の2009年7月に掲載されたインタビューで、青木さんは落語ファンから「ファンが交流できる場所がない」という話をよく聞いていたと明かしている。落語会は終われば帰るだけになる。それなら集まれる場所を作ろう、という発想だった。同じ記事によれば、青木さんは神田で生まれ育ち、幼い頃から父親に連れられて寄席へ通っていた。噺家の知り合いも多く、開店には多くの落語家が力を貸したという。開店前の青木さんは、落語に関する本を手がけるフリーライターだった。
店内には常設の高座があり、落語関連の古書や新刊、CD、DVD、噺家の手ぬぐいや扇子を扱う。落語会のチラシも大小そろい、店自身は「落語の総合案内所」と紹介する。現在は落語会の開催日だけの営業で、喫茶店としての営業は休んでいる。
二つ目が腕を磨く場、年500回の演芸会へ
青木さんが力を入れたのが、若手の育成だった。あわせて、演芸の裾野を広げる発信拠点づくりにも取り組んできた。
仕組みは分かりやすい。落語家が自分で会場を借り、チケットを売って勉強会を開く。開業9年目の2017年に週刊女性の取材を受けた際、青木さんは年間約400公演のうち300本以上を、主に二つ目の噺家の勉強会などの場として貸し出していると説明した。夜の部の使用料は1回2万円。2000円のチケットなら10人集めれば場所代がまかなえ、それを超えた分は落語家の収入になる。客席は約50席と寄席より近く、林家正蔵や柳家喬太郎といった人気の真打がネタおろしに使うこともあったという。
同じ取材で青木さんは「落語家が芸を磨けて、落語ファンも集まれるライブハウスのような拠点を作りたい」と語っていた。狙いは落語へのハードルを下げること。その考えは、店の看板企画に表れている。
毎週火曜19時からの定例会「らくごカフェに火曜会」だ。二つ目や若手真打がレギュラーを務め、10月は6日に三遊亭わん丈と橘家文吾が出演し、13日に柳亭小燕枝と入船亭扇橋、27日に三遊亭天どんらが上がる予定になっている。
公式ブログのお知らせによると、店は客と出演者に支えられ、年間500回もの演芸会を開く場に育った。
10周年は日本武道館、さだまさしも出演
店の歩みの中で最も大きな舞台が、2019年2月25日の「らくごカフェ10周年記念 平成最後の武道館落語公演」だった。会場は東京・日本武道館。約50席の高座から、格闘技やコンサートで知られる大会場へ舞台を移した一夜だった。
公演の告知によると、第1部の記念式典では火曜会の新旧レギュラーがあいさつし、メンバーを代表して春風亭一之輔が一席を披露する構成だった。レギュラーには柳家小せん、古今亭文菊、三遊亭天どんらが名を連ねた。第2部では立川志の輔と立川談春が高座に上がり、さだまさしが落語に合わせた歌を届け、最後はさだがギター1本で1時間のステージを務める流れが組まれた。
火曜会から育った若手が、武道館の大舞台にそろって並ぶ。公式ブログは10年の節目を「たくさんの方に祝っていただくことができました」と記している。
加藤夏希「本当に尊敬する恩師でした」
訃報が伝わった10月9日、加藤夏希は自身のインスタグラムとXを更新し、青木さんを追悼した。加藤は自ら落語会を主催するほどの落語好きで知られる。
加藤は「私の恩師が永眠いたしました」と書き出し、らくごカフェでチケットのもぎりやホールの仕事を手伝ったことを明かした。「私もらくごカフェの一員のようになった気持ちになりとても嬉しかったです」とつづっている。
青木さんを恩師と呼ぶ理由も、投稿の中にあった。「20代のまだまだひよっこの私に、たくさんの落語を教えてくださって、たくさんの噺家さんを紹介してくださって」。当時の青木さんは、今の加藤と同じくらいの年齢だった。加藤は「今の私に同じことできるのかな」と自問し、「本当に尊敬する恩師でした」と結んだ。
自分の落語会にも来てほしかった、いつか一席を見てもらえたかもしれない、という心残りも書いた。「早すぎるお別れに、ただただショックで」。落語の演目「たちきり」や「芝浜」を引き合いに寂しさを表し、「でもちょっと急ぎすぎですよ」と語りかけている。
投稿の終盤では、笑いの場を作り続けたことへの感謝と、店への応援の言葉をつづった。加藤は「私も、これからもらくごカフェを応援していきます」と記し、「青木さん、次のフェーズに、天国でもたくさん笑いを届けてください」と送った。
青木さんが神保町に開いた高座は、創業者を失った後も、スタッフの手で落語会を開き続ける。10月14日からは、古書街の5階で焼香の時間が始まる。
[文/構成 by MEDIA DOGS編集部]









































































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