エバ・マリー・セイントさん死去、102歳 映画『波止場』でアカデミー賞助演女優賞

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映画「波止場」でアカデミー賞助演女優賞を受けた米俳優のエバ・マリー・セイントさんが、米国時間の10月6日(火)、ロサンゼルスの自宅で亡くなった。102歳だった。家族の広報担当者によると自然死。日本では7日に共同通信や時事通信が伝えた。ヒッチコック監督の「北北西に進路を取れ」でも知られ、存命のアカデミー賞受賞者としては最年長だった。
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「波止場」のセイントさん、ロサンゼルスの自宅で死去
米俳優のエバ・マリー・セイントさんが、米国時間の10月6日(火)にカリフォルニア州ロサンゼルスの自宅で死去した。102歳。家族の広報担当者ジェフ・サンダーソン氏が明らかにし、ハリウッド・リポーターなど米メディアが一斉に報じた。死因は自然死とされている。
日本では、時差の関係で一夜明けた7日(水)に訃報が届いた。共同通信と時事通信が「波止場」でのアカデミー賞受賞を軸に伝え、映画.comや映画ナタリーも代表作とともに報じている。
セイントさんは1924年7月4日、ニュージャージー州ニューアーク生まれ。デビュー作でいきなりオスカーを手にしてから70年あまり、晩年まで仕事を続けた。米メディアによると、亡くなった時点で存命のアカデミー賞受賞者の中では最年長だった。
初めての映画出演で手にしたオスカー
もともとは、母と同じ教師を目指していた。
進学したオハイオ州のボウリング・グリーン州立大学で、学内の芝居のオーディションを受けて主役をつかむ。これをきっかけに専攻を演劇へ移し、卒業後はニューヨークで女優の道を歩き始めた。下積み時代は、電話交換手のせりふ2行だけというラジオドラマの端役も経験したが、生放送のテレビドラマで評判を高めていく。リー・ストラスバーグのアクターズ・スタジオでも演技を学んだ。
転機は、テレビでの仕事に目を留めたエリア・カザン監督の起用だった。オーディションでは、すでに主演が決まっていたマーロン・ブランドと即興で芝居をした。こうしてつかんだのが、1954年の「波止場」のヒロイン、イディ・ドイル役だ。元ボクサーの港湾労働者テリー(ブランド)に、ギャングに立ち向かう勇気を与える娘を演じ、これが初めての映画出演となった。
この役で、セイントさんは1955年の第27回アカデミー賞で助演女優賞を受けた。作品は作品賞や主演男優賞(ブランド)を含む8部門を制している。授賞式のとき、セイントさんは第1子を身ごもっていた。壇上では「ここで赤ちゃんが生まれてしまうかもしれない」という趣旨のあいさつをし、その2日後に長男ダレルさんを出産した。
ヒッチコックが服を選ばせた「北北西に進路を取れ」
もう一つの代表作が、アルフレッド・ヒッチコック監督の「北北西に進路を取れ」(1959年)だ。
追われる広告マン(ケーリー・グラント)に手を貸しながら、実は敵の側にいる謎の女イブ・ケンダルを演じた。ヒッチコック監督はニューヨークの高級百貨店バーグドルフ・グッドマンへ一緒に出かけ、劇中で着る服を彼女に選ばせたという。
セイントさんは2014年、米誌バニティ・フェアの取材でこの撮影を語っている。監督は演技の話をせず、髪やメイク、靴、宝石、バッグ、手袋まで、外見から役をつくっていった。そうして整えてもらっただけで、スパイの女になった気がしたと明かした。この役を引き受けるよう背中を押したのは、夫で演出家のジェフリー・ヘイデンさんだった。
ほかにも「栄光への脱出」(1960年)や「グラン・プリ」(1966年)などに出演した。それでも、本人はスーパースターになりたいと思ったことはないと話していた。
子育てを優先し、テレビで再び脚光
1970年代に入ると、セイントさんは代理人を解雇して映画の仕事を減らす。
長男ダレルさんと長女ローレットさんを育てることを優先し、その後はテレビと舞台が仕事の中心になった。1980年代のドラマ「こちらブルームーン探偵社」では、シビル・シェパードが演じた主人公マディの母親役で出演。1990年のミニシリーズ「People Like Us」ではエミー賞を受けている。
映画にも戻った。「スーパーマン リターンズ」(2006年)ではクラーク・ケントの育ての母マーサを演じ、2014年には「ニューヨーク 冬物語」に出演している。2021年には、ポッドキャストの音声劇にも声で出演した。2018年には93歳で第90回アカデミー賞の授賞式に登場し、衣装デザイン賞のプレゼンターを務めている。
夫のヘイデンさんとはニューヨークの地下鉄で出会い、1951年に結婚した。2016年12月にヘイデンさんが亡くなるまで連れ添っている。米メディアによると、2人の子どものほか、4人の孫と2人のひ孫がいる。
デビュー作から70年あまり、102年の歩み
「波止場」でブランドと並んでオスカーを手にしてから、70年あまりがたつ。
米メディアは、セイントさんを1950年代のハリウッド黄金期を知る数少ないスターの一人として伝えている。デビュー作で頂点に立ちながら、家族との時間を選び、90代まで仕事を続けた102年の人生だった。
[文/構成 by エンタメライター 真柴 ことね]









































































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