日テレ菅谷大介アナ、53歳で急逝。2022年に膵臓がん公表後に昨年手術。続けた「伝える」使命
アナウンサーとしての足跡と功績
1997年に日本テレビに入社して以来、菅谷さんはスポーツ実況から情報番組、バラエティーまで幅広い分野で活躍した。その明るく、よく通る声は多くの視聴者に親しまれた。
スポーツ実況での名場面
菅谷さんのキャリアの中でも特に輝かしい瞬間の一つが、2018年の平昌オリンピックだ。スピードスケート女子団体パシュートで日本が金メダルを獲得した歴史的瞬間を、情感豊かに実況した。また、長年にわたり箱根駅伝の実況を担当。がん告知後も「来年の箱根駅伝を中継できるように頑張りましょう」という医師の言葉を励みに治療に耐え、2023年1月には見事に復帰。ゴール地点の実況を担当し、多くの駅伝ファンに感動を与えた。
管理職、そして「がんを知る」活動
現場の第一線で活躍する一方、アナウンス部の担当部次長として後進の指導にもあたっていた。闘病中も管理職としての業務をこなし、同僚アナウンサー全員に病状を伝えることで、職場全体の理解と協力を得ながら仕事を続けた。この経験は、がん患者が働き続けるための職場環境の重要性を示すモデルケースともなった。
前述のYouTube企画では、同じくがんを経験したタレントの堀ちえみさんや、元プロレスラーの小橋建太さんらと対談。患者としての本音や家族の支え、仕事との両立など、多岐にわたるテーマで深く語り合い、がんへの理解を社会に広めることに貢献した。
広がる驚きと追悼の声
菅谷さんの突然の訃報を受け、SNS上では驚きと悲しみの声が広がっている。X(旧Twitter)では「菅谷アナ」がトレンド入りし、「信じられない」「箱根駅伝での実況が忘れられない」「最後まで前向きな姿に勇気をもらっていた」といった投稿が相次いだ。
同じくがんを公表し闘病したフリーアナウンサーの笠井信輔さんは、自身のブログで「何か、他人事に思えなくてずっと心がざわついています」と胸中を吐露。がんを公表して仕事を続けることの精神的な厳しさに触れつつ、菅谷さんの勇気を称えた。
最後まで貫いたアナウンサー魂
自覚症状のない中で見つかった難治性のがん。しかし、菅谷さんは絶望することなく、家族や同僚の支えを力に変え、病と向き合い続けた。そして、その経験を「伝える」ことで、社会に貢献しようとした。その姿は、単なるアナウンサーの枠を超え、一人の人間としての強さと優しさ、そして使命感に満ちていた。
「僕がすい臓がんでも、テレビでアナウンサーとして頑張れることを示していきたい」。生前、彼が語った言葉は、現実のものとなった。最後までマイクの前に立ち、声を届けようとしたそのアナウンサー魂は、多くの人々の記憶に深く刻まれ続けるだろう。心よりご冥福をお祈りしたい。
[文/構成 by MEDIA DOGS編集部]

































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